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チラシの裏・・・的な。

チラシの裏にでも書いとけ! と批判されるような内容になるかも、と思い自虐的なブログタイトルにしました(笑)。

述べて作らず

以下のブログ、とても参考になると思った。


考える力や論理的思考力とはどういうものなのか
http://jibunlife.hateblo.jp/entry/20151223_consider


"知識と思考を区別しよう"とか、"知識に誘導されずに自分で考える"とか、
とても大切なことだと思う。自分を振り返ってみても、知識・情報や先入観に
思考が引っ張られているのではないかと反省せずにはいられない。

ただ、何故かこのブログを読んで「述べて作らず」という言葉が思い出された。
孔子の言葉である。
若い頃にはこの言葉に反発した。本当はもっと深い意味があるのだが、何か
新しいことを創りだそうという姿勢を批判されているように思えたからだ。
しかしある程度歳を取ってくるとなんとなく理解できる様な気がしてきた。
自分で考えているつもりでも、そのものの考え方は大抵誰かに教わったもの
である。考え方というより、価値観と言った方がいいかも知れない。
何かの問題を解決しようと考えるとき、何処に重点を置くかの価値観は
必ず誰かの影響を受けている。親・兄弟・友人・先輩・先生・書物等々。
なので、自分一人で考え出したと思ってもそれは決して自分一人の力で成し
得たことではないのだ。
さらに言うなら、"これこそオリジナル"と思っても大抵誰かが似たような考えを
持っていたり、既にやっていたりするものだ。長い人間の歴史を考えれば完全な
"オリジナル"などそうそう無いだろう。
いや、勿論、自分で考えることは大事だし、"オリジナル"を創りだそうと努力する
ことは尊敬されるべきことだと思う。
けれども、自分で何かを考えるとき、創りだそうとするとき、先人たちの積み上げ
てきたものに思いを寄せる謙虚さは必要なのではないだろうか?


と、強い強い自戒の念と共に思ったのだった。